Wednesday, April 10, 2013

「神を知っている人々は、何よりも先ず祈る人々であります。。。」



「神を知っている人々は、何よりも先ず祈る人々であります。そして、神の栄光のために彼らが抱いている熱心さと力とは、まず、祈りによって示されるのです。ダニエル書九章においてダニエルが『文書によって』、イスラエルの補修の期間が終わりに近づいていると予告されているのを知ったとき、そしてまた、自分の罪が、依然として、あわれみでなく、神の裁きを招くようなものであることを知ったとき、『顔を神である主に向けて祈り、断食をし、荒布を着、灰をかぶって、願いを求め』る決心をし(三節)、エルサレムの回復のために、われわれのほとんどが知ることもできないような、はげしいと熱意、苦難と精神的苦悩をもって祈りました。しかも、神を正しく知ることの変わることのない結果は、神のために祈る力が与えられることでありーまことに、肉的緊張の唯一はけ口であり、救いとして祈りに注ぎ込まれる力であります。そして、神についての知識が増せば増すほど、力が増すのです。このことによって、われわれは、自分自身を試すことができます。われわれは、おそらく、不敬虔や背教に対して、公の行動をとるような地位にはいないでしょう。あるいは、年を取っているか、病人であるか何らかの意味で肉体的状態に限界があるかもしれません。しかし、毎日の生活の中で、われわれの周囲に見られる不敬虔や背教について、祈りことは、だれでもできます。しかし、われわれの中にこのような祈りをなす力が少しもなく、祈りの結果も少しもないなら、それはわれわれが神を少しも知っていないということの、確かな証拠であります。」ジェームズ・パッカー、「神について」より

「そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」1テモテ2:1

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